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2018年3月27日火曜日

Hank Snow - I don’t hurt anymore

こんばんは、古い音楽をお届けする音楽文章ラジオのお時間がやって参りました。進行は、名久井翔太です。どうぞよろしく。

早速、洋楽和訳のコーナーです。

今日の洋楽

Big Name特集7回目の今日は、カントリー界のBig Name、ハンク・スノウで、アイ・ドント・ハート・エニモアです。




ドン・ロバートソン、ジャック・ロリンズ作曲です。1954年のシングルで、カントリーチャート1位を記録しました。41週もチャートインして、そのうち20週1位でした。

ハンク・スノウこと、クラレンス・ユージーン・スノウは、1914年5月9日、カナダ、ノヴァ・スコシア州ブルックリン生まれのカントリーシンガーです。

「ヨーデリング・レンジャー」とも呼ばれ、60年以上に渡ってカントリーミュージシャンとして活動しました。

両親の離婚や、世界恐慌で家が貧しく、12歳の頃には学校を辞め、船の荷下ろしの仕事をしていました。楽器との出会いはスティールギターが最初で、その後アコースティックギターを買いました。ラジオでヴァーノン・ダルハートが「ザ・プリズナーズ・ソング」「Old 97号の事故」などを歌っていたのを聴き、それに影響を受け、船乗りの仲間とバンドを組み音楽活動を始めました。

ハリファックスのラジオのカントリー歌手として有名になり、1936年にモントリオールのカナダ・ビクターと契約し、それまでの「クラレンス・スノウ」から「ハンク・スノウ」に名前を変えて、シングル「プリズンド・カウボーイ」でデビューしました。

1945年にナッシュビルに移り、1949年にRCAビクターと契約しました。アメリカでの初シングルは「結婚への誓い」で、カントリーチャート10位を記録しました。

続く「アイム・ムーヴィン・オン」「ゴールデン・ロケット」「ルンバ・ブギー」は3曲連続でカントリーチャート1位を記録するスマッシュヒットとなりました。

グランド・オール・オープリーでレギュラー出演していた1954年、エルヴィス・プレスリーを良くオープニングアクトとして起用していたハンクは後にエルヴィスのマネージャーになるトム・パーカー大佐にエルヴィスを紹介し、共にマネージメントを行うに至りましたが、トム・パーカー大佐のやり方に不満を抱き、別れました。

1978年には「ナッシュビル・ソングライターの殿堂」、そして翌1979年には「カントリーミュージックの殿堂」「カナダ音楽の殿堂」「ノヴァ・スコシア音楽の殿堂」、さらには1985年に「カナダ・カントリーミュージックの殿堂」入りを果たしました。

呼吸器系の病気にかかり引退して、1999年12月20日、85歳で亡くなりました。

今回の「アイ・ドント〜」は後にダイナ・ワシントンやジェリー・リー・ルイス、ビル・ヘイリー、ボブ・ディランらがカバーしました。

では和訳です。

It don't hurt anymore

All my teardrops are dried

No more walkin' the floor

With that burnin' inside

Just to think it could be

Time has opened the door

And at last I am free

I don't hurt anymore


もう傷つかないよ。

俺の涙は枯れはてた。

廊下を歩くことも無いだろう、

そんな気持ちが燃えている時に。

時が扉を開けるかもって考えたら、

俺はやっと自由になれる。

俺はもう傷つかないだろう。


No use to deny I wanted to die

The day you said we were thru

But now that I find you're out of my mind

I can't believe that it's true

I've forgotten somehow

That I cared so before

And it's wonderful now

I don't hurt anymore


俺が死にたかったのは否定しないさ、

君がもう別れようって言った時は。

でも俺の心から君はもういないんだ、

信じられないんだ。

どうにかして忘れたよ、

あんなに気にかけてた時の事を。

何て素晴らしいんだろう。

俺はもう傷つかないよ。


こんな感じです。


君と別れて清々した、という男の歌です。


今日はこの辺でお時間です。洋楽和訳のリクエスト・感想ございましたらコメントくださいませ。


ではまた。

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