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2020年4月16日木曜日

Bob Dylan - John Wesley Harding

こんばんは、古い音楽をお届けする音楽文章ラジオのお時間がやって参りました。進行は、名久井翔太です。どうぞよろしく。

早速、今日のボブ・ディランのコーナーです。


今日のボブ・ディラン

4月16日(木)



~All the merry little elves can go hang themselves
My faith is as cold as can be~

~陽気な小さな妖精たちはみんな自分たちで首を吊ることができる
これ以上はないほどに冷えきった私の信念~

「Huck’s tune」より

今日の洋楽

今日はボブ・ディランでジョン・ウェズリー・ハーディングです。



ボブ・ディラン作曲です。1967年のアルバム『ジョン・ウェズリー・ハーディング』収録曲です。

曲名のモデルとされている人物は2人居て、1人は19世紀ごろにテキサスで大虐殺を行い死刑となったジョン・ウェズリー・ハーディン、もう1人はアメリカ史上最低という悪評を持つアメリカ29代の大統領ウォーレン・G・ハーディング、この2人です。

ディラン自身は、殺人を犯した方のハーディンを、ハーディングと勘違いしていたそうです。つまり、本来Hardinと書くべき名前にGをつけてHardingとした、という事です。

一方で、この間違いを意味あるものとして捉えたファンもいるらしく、「貧しい人々の味方」という歌詞で政府に対する批判・皮肉が込められている、という解釈もあります。

色々とごちゃ混ぜになった歌ですが、歌の内容自体は、義賊て盗みを働いたところ、警察に捕まりかけ、逃げて行った、という物です。

では和訳です。

John Wesley Harding 
Was a friend to the poor
He trav'led with a gun in ev'ry hand
All along this countryside
He opened a many a door
But he was never known
To hurt a honest man.

ジョン・ウェスリー・ハーディングは、
貧しい人々の友だった。
その両手に銃を持ち、旅をした。
田舎の至る所で、
彼はその手で沢山の戸を開けた。
だが、正直者に手を出したという事で、
彼は知られる事は無かった。

It was down in Chaynee County
A time they talk about
With his lady by his side
He took a stand
And soon the situation there
Was all but straightened out
For he was always known
To lend a helping hand.

チェイニー郡での事、
噂になっていた時の事だった。
女を側に置き、
抵抗をしていた。
そして事件は間も無く、
跡形も無く片付けられた、
いつでも救いの手を差し伸べるとして、
彼は知られるようになった、という事で。

All across the telegraph
His name it did resound
But no charge held against him
Could they prove
And there was no man around
Who could track or chain him down
He was never known
To make a foolish move.

電報を通じて、
彼の名前は世間に知られるようになった。
だが、彼に罪状を与えようにも、
証拠が無く出来なかった。
そして、追いかけて捕まえる事が、
誰にも出来なかった。
彼が愚かな行動を決してしない、
そう知られる事となった。

こんな感じです。

今日はこの辺でお時間です。洋楽和訳のリクエスト・感想ございましたらコメントくださいませ。

ではまた。

1 件のコメント:

  1. 1968年に最初に買った Bob Dylan のLPです.ソニーでなく,まだコロンビアの時代です.名曲揃いですが,聞きすぎて,今は比較的目立たない2曲目の As I Went Out One Morning が気に入っています.

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